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東京高等裁判所 昭和25年(行ナ)16号 判決

原告 与儀兼一

被告 特許庁長官

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告代理人は特許廳が昭和二十五年抗告審判第二九二号事件(昭和二十四年特許願第三〇七二号拒絶査定不服抗告審判請求事件)について、昭和二十五年七月二十九日なした審決はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求原因として次の一、二の通り陳述した。

一、本件の経過

原告は樹脂質塗料に消石灰、胡粉、亞鉛華、石膏粉末又はチタニユーム等の水に不溶性で顏料を保つ性能のある微粒子と適宜顏料を混入した不透明有色塗膜成形用塗料を発明し、昭和二十四年四月一日特許廳に出願したところ(同年特許願第三〇七二号)同廳は、昭和十八年六月十五日発行松本十九著塗料便覧三十八頁の記載(甲第一号証)から容易に想到しうる程度のもので、特許法第一條の発明を構成しないものであるとし、昭和二十四年十月二十九日附拒絶理由の通知があつたので、原告は同年十二月二十一日附訂正書で本件発明の要旨を「メタアクリル酸メチル樹脂、ヂブチルフタレート、ベンゾール、醋酸エチル、醋酸ブチル、ブタノール及びキシロールを混入した合成樹脂液に、消石灰等のように水に不溶性で顏料を吸着する性能のある媒染剤を混入し、その媒染剤を介して、前記合成樹脂液を、不透明の有色塗膜を形成する有色塗料とすることを特徴とする不透明有色塗料製造法」と訂正し、この訂正書に基いて同年十二月二十一日附意見書を提出したところ、昭和二十五年五月十日附で拒絶査定があり、その謄本は同月十九日原告に送達された。しかし、原告はこの拒絶査定に不服であつたので、同年六月十六日抗告審判を請求したところ(同年抗告審判第二九二号)、同年七月二十九日特許廳は、本願方法は新規な発明を構成するに足らず特許法第一條に規定する特許要件を具備しないものと認定し、抗告審判請求人の申立は成立たないとの審決があり、その審決は同年八月八日原告に送達された。原告はなおこの審決に不服があるので、特許法第百二十八條の二の規定によつて本訴を提起した次第である。

二、審決に対する不服の理由

被告は塗料製造において胡粉、白堊、石膏等の体質顏料が他の有色顏料と共に用いられることは、塗料便覧三八頁体質顏料の項の記載によつて認められるところであり、本願の消石灰は右胡粉等と均等物に過ぎない。又メタアクリル酸メチル樹脂は合成樹脂の一種で他の樹脂類と同様塗料用展色料として普通に用いられることは原審説示の通りであり、更にヂブチルフタレートは可塑剤として、又ベンゾール、醋酸エチル、醋酸ブチルブタノール、キシロール等は溶剤として何れも普通のものであるから、單にこれ等普通の資料を混じて塗料となす本願方法の如きは当業者として極めて容易に実施し得ることといわざるをえない(メタアクリル酸メチル、ヂブチルフタレート、ベンゾール、醋酸エチル等が普通の資料にすぎないことは塗料便覧三六一頁、三九〇頁三九一頁等の記載をみても解る)。從つて本願方法は新規な発明を構造するに足らず特許法第一條に規定する特許要件を具備しないものであるといふ審決をした。

原告は右の審決に不服であるからその理由を以下に述べる。

(一)  被告引用の塗料便覧三八頁(甲第一号証)における胡粉、白堊、石膏等は体質顏料で、これ等は展色顏料又は増量顏料と称されるように普通の増量材として使用されるものであつて、これは本願発明のようにメタアクリル酸メチル樹脂、ヂブチルフタレート、ベンゾール、醋酸ブチル、ブタノール及びキシロールを混合した合成樹脂は直接色を着けることができないので、これを消石灰、胡粉、白堊、石膏等のように水に不溶性で顏料を吸着する性能を有する媒染剤を混入し、その媒染剤を介して、これを有色とした所謂媒染剤として消石灰、胡粉、白堊、石膏等を使用したものでないばかりか、引用例は一般の合成樹脂液それ自体を塗料としない所謂普通の塗料に色を着けることに関するものであつて本願発明の要旨と関係のないものである。又メタアクル酸メチル樹脂は合成樹脂の一種であつて、他の樹脂と共に塗料用展色料として普通使用されているというが、本願発明はメタアクリル酸メチル樹脂を塗料の展色料として使用しないで、それ自体を塗料とするものであつてこれに直接色を着けることができないので、前記消石灰、胡粉、白堊、石膏等を媒染剤として使用しこれに色を着けるのであるから引用例とは使用目的を異にする。

なお、審決においてヂブチルフタレートは可塑剤として、ベンゾール、醋酸ブチル、ブタノール、キシロール等は溶剤として何れも普通のものであるから、單にこれ等普通の資料を混合して塗料とすることは当業者の容易に実施できることであるとされたが、本願発明はこれを要旨とするものではなく、前記のようにメタアクリル酸メチル樹脂、ヂブチルフタレート、ベンゾール、醋酸エチル、醋酸ブチル、ブタノール及びキシロールを混入した、合成樹脂液は色が直接着かないから、これに消石灰、胡粉、白堊、石膏等のような水に不溶性で顏料を吸着する性能のある媒染剤を混入してこれを有色とするのであるから、被告は本願発明の資料の使用目的を誤解したものであると謂うべきである。

從つて、被告の引用例は本願発明の要旨とする記載を欠除し、本願発明の新規性の判断資料に適しないものであつて、これを引用して本願発明が特許法第一條の要件を具えていないとしたのは不当である。

(二)  次に、被告の引用例(甲第一号証)には、前項で説明したような本願発明の要旨については何等記載するところがない。

由來本願発明の基盤であるメタアクリル酸メチル樹脂、ヂブチルフタレート、ベソゾール、醋酸エチル、醋酸ブチル、ブタノール及びキシロールを混合した合成樹脂液は、通称をアクリナールと称し非常に耐水、耐油、耐候性に富み、透明で堅牢な塗膜を形成し光択が良いが、困ることにはこれに直接色を着けることができないので、一層優雅な有色塗膜を形成することが不可能であつた。ところが原告は研究の結果、これに消石灰のような水に溶けないで顏料を吸着する性能のある媒染剤と顏料とを混入して、前記不可能視された各資料から成るアクリナールに色を着けることができたので、その製品の用途を著しく拡大し工業的効果は甚大である。從つて、本願発明は新規な工業的発明であつて特許法第一條に規定する要件を具備し特許さるべきである。これに反する抗告審判の審決は取消さるべきである。

(三)  次に、被告のいうように、本願発明の消石灰が胡粉、白堊、石膏等と水に不溶性で顏料を吸着する性能のある点で均等であることは原告は爭はないが、これは引用例(甲第一号証)にいうものとは使用目的を異にするものであることを原告は主張して爭うのである。又被告のいうヂブチルフタレートは可塑剤としてベンゾール、醋酸エチル、醋酸ブチル、ブタノール、キシロール等は溶剤として何れも普通であり、又メタアクリル酸メチル樹脂が合成樹脂の一種であることも爭わないが、これ等資料を混合した合成樹脂液が各資料各別にその儘の性能を有するとは限らないし、又この混合した合成樹脂液に前記の媒染剤の力によつて直接色を着けることができることを、各資料が普通であるからといつて、これから知ることはできない。從つて、被告の引用例に記載されているものが公知であつてもその使用目的は勿論異なるし、各資料及び各操作の組合わせによる特殊の工業的効果を生ずる以上、本願発明は当業者の容易に実施できるものではなく、新規な工業的発明を構成するものである。故に、これに反した抗告審判の審決は取消さるべきである。

(四)  なお、被告はメタアクリル酸メチル樹脂、ヂブチルフタレート、ベンゾール、醋酸エチル等が普通の資料であるとして塗料便覧三六一頁、三九〇頁、三九一頁(甲第二号証)を引用しているが、これは本願発明の新規性に関しては無関係であることは前項の記載から明らかである。唯被告が、抗告審判の審決において突然これを引用し意見書提出の機会を與えなかつたのは、特許法第百十三條及び同第七十二條により原告に與えられた権利を行使させなかつたことになり、右審決は特許法第百十三條の規定に違背したものであるから、この点に於ても審決は取消さるべきである。

(立証省略)

被告代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、次の通り陳述した。即ち原告主張のような本件の出願から審決に至るまでの経過については爭わない。しかし、原告が右審決に対する不服の理由として主張しているところは、その所論が誤であつて、それは以下述べるところによつて明らかである。

元來塗料関係の用語で展色料(又は展色剤)というのは、樹脂類、油類、可塑剤、溶剤等の適宜混合物を指称するのであつて、本願におけるメタアクリル酸メチル樹脂、ヂブチルフタレート、ベンゾール、醋酸エチル、醋酸ブチル、ブタノール及びキシロール等の混合物は正しく右展色料に他ならないのに、原告はこれを展色料ではなく塗料それ自体であるというのである。又体質顏料或は増量顏料というのは通常白色の粉末で、これを展色料と練るときは略々透明となる隠蔽力の弱い顏料のことで、これは他の有色顏料の増量剤として廣く塗料の製造に用いられるものである。そして、本願の消石灰もまた右体質顏料であることは明白であるのに、原告はこれを殊更に媒染剤と称して体質顏料と異なるものであると主張しているのである。即ち原告は慣用されている塗料用語を用いず唯徒らに奇異なる用語を用いて独善的に論じ、以て審決を非難しているだけであるから、その論旨は何等採用に値しないものである。一方、本願に対する拒絶査定並びに抗告審判審決の理由として述べているところは、本願方法は要するに、普通ありふれた資料を用いて塗料を製造するに過ぎないから、新規の工業的発明でないという点において終始論旨は一貫しており妥当なものである。又審決の理由に塗料便覧三六一頁、三九〇頁、三九一頁の記載を引用したのは、既に拒絶査定の理由中にも述べてある事項を更に敷衍説明したに過ぎないから、特許法第百十三條の規定に違背したものではない。

(立証省略)

三、理  由

原告主張のような本件出願から抗告審判の審決に至るまでの経過については、当事者の間に爭のないところである。而して、本願発明の要旨として原告の主張するところは「メタアクリル酸メチル樹脂、ヂブチルフタレート、ベンゾール、醋酸エチル、醋酸ブチル、ブタノール及びキシロールを混合した合成樹脂液に消石灰等のような水に不溶性で顏料を吸着する性能のある媒染剤を混入し、その媒染剤を介して、前記合成樹脂液を不透明の有色塗膜を形成する有色塗料とすることを特徴とする不透明有色塗料の製造法」に存するものであつて、右の要旨中所謂媒染剤として使用する「消石灰等」なる語(本特許出願当時の明細書においては「消石灰、胡粉、亞鉛華、石膏粉末又はチタニユーム等」と記載してあり(事実摘示中本件の経過冒頭の記載参照)、又本訴状においても消石灰、胡粉、白堊、石膏等を使用し得る如く記載してあるので(同上審決に対する不服の理由(二)参照)、右の「消石灰等」)は、「消石灰、胡粉、白堊、石膏等」を意味するものであることは、原告主張の全趣旨によつて明瞭である。

よつて、本願方法が新規な発明を構成するか否かについて檢討するに、塗料便覧三八頁(原本の存在並びにその成立に爭のない甲第一号証)には「無機顏料の内着色力及び隠蔽力少きものを体質顏料、展色顏料又は増量顏料といい、それぞれ染料を吸着せしめてレーキを造るのに又は他の顏料に混和して淡色顏料を造るのに或は顏料の嵩及重量を増すのに用いられる」と記載せられ、体質顏料として胡粉、白堊、石膏等を例示している。從つて甲第一号証の記載により有色塗料を造るのに、展色料と体質顏料と有色顏料とを混合するものであること及び体質顏料中に吸着性を有するものがあることから解される。

よつて、甲第一号証に記載する体質顏料と本願発明に於ける媒染剤とを比較してみると両者は同一物質にして而も同一の目的、作用及び効果を有するものであることが明らかであるから、本願発明においては單に体質顏料という代りに特に媒染剤という語を用いているに過ぎないので、両者間に差異あるものとは認められない。又塗料便覧三六一頁、三九〇頁、三九一頁(原本の存在並びにその成立に爭のない甲第二号証の一、二、三)にはメタアクリル酸メチル樹脂が塗料の原料にして、ヂブチルフタレートがメタアクリル酸メチル樹脂の可塑剤であること、ベンゾール、醋酸エチル、醋酸ブチル、ブタノール、及びキシロール等がメタアクリル酸メチル樹脂の溶剤であることが記載されていて公知である。

從つて、本願発明においてメタアクリル酸メチル樹脂の可塑剤としてヂブチルフタレートを、又溶剤としてベンゾール、醋酸エチル、醋酸ブチル、ブタノール、キシロール等を選定することは必要に應じて適宜になし得る程度のものに過ぎない、又本願発明において数種の溶剤を混合するもメタアクリル酸メチル樹脂が塗料として有する公知の性能以外には特殊の効果を生ずるものとは認められない。原告も亦数種の溶剤を混合することによつて特殊の効果を生ずることについては何等説明するところがない。而して本願発明においてメタアクリル酸メチル樹脂塗料に色を着ける場合メタアクリル酸メチル樹脂、ヂブチルフタレート、ベンゾール、醋酸エチル、醋酸ブチル及びキシロールの混合液は、有色顏料の展色料に他ならないから、結局本願の発明は、展色料と体質顏料と有色顏料とを混合して有色塗料を製造すること及びメタアクリル酸メチル樹脂が塗料として用いられることが前記の如く公知である以上、この公知の事実から当業者の容易に実施し得る程度のものであつて、特許法第一條に規定する特許要件を具備するものとなすを得ない。從つて、本件抗告審判の審決において、合成樹脂液を展色料とし、これに有色顏料と体質顏料とを混入して着色塗料を製造することは、公知であるとし、塗料便覧三八頁(甲第一号証)及び同三六一頁、三九〇頁、三九一頁(甲第二号証)を引用して、本願方法が前記公知の事実から容易に実施し得るものであつて、新規の発明を構成せずと判定したのは相当であるといわなければならない。よつて、原告が右審決に対する不服の理由として主張している事実摘示の(一)(二)(三)はいづれもこれを採用することができない。

なお、原告は不服の理由(四)において、本件抗告審判の審決においてはメタアクリル酸メチル樹脂、ヂブチルフタレート、ベンゾール、醋酸エチル等が普通の資料であるとして塗覧三六一頁、三九〇頁、三九一頁(甲第二号証)を引用しているが、これは被告が抗告審判の審決において突然に引用したものであるから、これに対する意見書提出の機会を原告に與えなければならないのに、これを與えなかつたのは特許法第百十三條に違背したものであると主張している。しかし、メタアクリル酸メチル樹脂が塗料の原料として、ヂブチルフタレートがメタアクリル酸メチル樹脂の可塑剤として、又ベンゾール、ブタノール、醋酸エチル、醋酸ブチル、キシロール等がメタアクリル酸メチル樹脂の溶剤として使用されることが普通であることを説明するため右のように引用したものであるから、本願発明に関係のあるのは勿論であるし、拒絶査定の理由と異なる理由をもつて引用したものとは認められないから、原告に対しこの点について意見書提出の機会を與えなかつたとしても特許法第百十三條の規定に違背したものということはできない。

よつて、原告の右(四)の主張もまたこれを採用し得ない。從つて本件抗告審判の審決は正当で、これが取消を求める本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九條第九十五條の各規定を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 中島登喜治 小堀保 薄根正男)

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